eajs’s diary

主に文化、芸術、外国語の学習、読書に関する内容などの配信をしています。

小説にしていること

Xでは、AIの違和感や人間関係のすれ違い、日常の小さな「おかしい」を短く書いています。

同じテーマの延長で、小説も書いています。
感情や関係性のひっかかりを、物語の形にしたものです。

現在公開中の作品は、こちらにまとめています。
https://blog.hatena.ne.jp/eajs/eajs.hatenadiary.jp/edit?entry=14945776032075458951

・ラスト・シェード
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・星の見えない夜は、母のハミングを数えて
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・境界線のコード
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・輪廻のクロスゲーム
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達川春子さんのKindle経験談2冊(尿路結石/帰化までの半生)

達川春子さんの経験談が2冊あります。
どちらも「専門書」ではなく、当事者が書いた個人の記録です。

■ 尿路結石の経験談 「死ぬほど痛かった」
https://amzn.to/4if0pNX

実際に複数回経験した人の、痛みと経過の記録です。
治療法の本ではなく、「どんな感じだったか」が知りたい人向けです。
初回からその後の数々の再発、そしてその後までが一冊で追えます。

■ 帰化日本人になるまでの我が半生
https://amzn.to/3SDRvzc

帰化に至るまでの半生を、本人が書いた記録です。
手続きのハウツーではなく、そこに至るまでの経験を読みたい人向けです。

どちらも体験談であり、専門書ではありません。
短い紹介はX(@ReadingNoteAsia)でも随時しています。

 

 

 

 

『若きウェルテルの悩み』J. W. von ゲーテ (著)

本書は、18世紀ドイツの文豪ゲーテが弱冠25歳のときに著した書簡体小説であり、青年ウェルテルが婚約者のいる女性シャルロッテに恋い焦がれ、報われぬ想いの果てに自ら命を絶つまでの心の軌跡を、友人への手紙という形式で描き出した作品である。刊行当時、ヨーロッパ中の若者たちを熱狂させ、主人公を模倣した服装や自殺までもが社会現象になったと伝えられるほど、時代の空気を鋭く捉えた小説であった。
 
本書を最初に手に取ったのは高校生の時であった。世の中の不条理に耐性がない時期に読んだことに意味があったと思う。理屈では割り切れない感情に振り回され、それでも真正面から傷つき続けるウェルテルの姿は、若さゆえの潔癖さや世界への戸惑いをそのまま体現しており、まだ社会の理不尽さに慣れきっていない年齢だからこそ、痛いほど共鳴できるものがあった。大人になってからでは、あるいは「若気の至り」の一言で片付けてしまいかねない感情の激しさを、まだ免疫のない時期に浴びておくことには、確かな意味があったのだろう。
 
多くの人が一度は経験する悩みや苦しみ。それだからこそ、本書が時代を超えて読まれる。手の届かない相手への恋慕、理想と現実の埋めがたい落差、社会の慣習に対する若者らしい反発。これらは18世紀のドイツに限られた特殊な悩みではなく、時代や国境を越えて、誰もが人生のどこかで一度は通り過ぎる感情の形である。ゲーテが自らの実体験を色濃く投影して書き上げたと言われるこの作品が、二百年以上を経てもなお色褪せないのは、扱っているテーマがそれだけ普遍的だからにほかならない。
 
人生の節目節目に再読に耐えうる書である。若い頃に読めばウェルテルの激情に自らを重ね、年を重ねてから読み返せば、その激情を少し離れた場所から見つめられるようになる。同じ文章でありながら、読み手の年齢や経験によってまるで異なる表情を見せてくれるところに、本書が単なる青春文学にとどまらない懐の深さがある。
 
韓国の製菓会社ロッテは、この物語のヒロインの名前をとったものという。創業者がこの小説を愛読していたことに由来するというこの逸話は、一見すると本編とは無関係の余談に思えるが、一つの文学作品が国境を越え、思いもよらない形で現代にまで影響を残しているという事実を静かに物語っている。そういうロマンチックなエピソードも本書に花を添えている。悲劇そのものは重苦しいはずなのに、こうした後日談を知ると、本書全体がどこか温かい余韻を帯びて感じられるのも、この作品ならではの不思議な魅力である。(了)
 
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『危ない世界一周旅行』宮部 高明 (著)

本書は、著者が世界一周旅行の過程で、さまざまな災難にあった体験が書かれている。平和な日本での日常を飛び出し、地球を巡る旅に出た著者を待ち受けていたのは、想像を絶する過酷でスリリングなトラブルの数々であった。
 
具体的には、ペルーでは首絞め強盗の被害にあい、身の危険に直面する。また、南アフリカのヨハネスブルグでは黒人集団に襲撃され、死の恐怖を味わうこととなる。さらに、ブラジルでは美女に1000ドルを抜き取られるなど、まさに世界各地で危険と背中合わせの悲劇に見舞われ続ける。これらの一つひとつが命取りになりかねない凄惨な事件であり、読んでいる側も終始ハラハラさせられる。通常であれば旅を断念して帰国を選んでもおかしくないような状況の連続に、旅の過酷さが強烈に伝わってくる。
 
一方で、本書にはさまざまな人との出会いも書かれている。旅の途中で出会う人々は、単に危険をもたらす存在ばかりではない。危機的状況のなかで差し伸べられる温かい手や、異国の地で交わされる人情味あふれる交流、個性豊かな現地の人々との触れ合いなど、旅先での心温まる人間模様も瑞々しく描かれているのだ。絶望的なトラブルの連続だからこそ、そうした温かい出会いや人間味あふれる交流の瞬間が、より一層鮮やかに際立ち、読者の心に深く残る。
 
著者の災難に満ちた体験談を読むと、安全で平和な日本を離れて決してこのような旅行には行きたくないが、なぜか何度も読み返してしまう中毒性がある。悲惨であるはずの状況すらどこか滑稽に描く軽妙な語り口と、過酷な旅の中に垣間見える人間ドラマの魅力が、読む者を強く惹きつけて離さないのである。恐怖と感動、そしてユーモアが絶妙に入り混じった本書は、安全な部屋にいながらにして世界旅行の光と影を疑似体験できる、実に味わい深い一冊だと言えるだろう。(了)
 
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『孫子』金谷 治 (著)

本書は、中国古代の兵法家・孫武によって著された兵法書を、中国哲学研究の権威である金谷治氏が訳注を手掛けたものである。紀元前5世紀頃の春秋時代に成立したとされ、2500年以上の時を超えて現代なお世界中で読み継がれる兵法古典である。
 
全13篇からなる本書の最大の特徴は、精神論や勇猛さを排し、徹底した現実主義と合理的な思考に基づいている点だ。「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という有名な一節に象徴されるように、著者が追求するのは無用な戦闘や流血を避け、いかにリスクを最小限に抑えて目的を達成するかという戦略思想である。情報収集の重要性を説く「用間篇」や、相手の虚実を見極めて主導権を握る「虚実篇」など、分析的かつ科学的な視座が全編を貫いている。
 
金谷氏による訳注は、原文の簡潔かつ力強い漢文の響きを活かしつつ、現代語訳と詳細な解説が付されており、古典の背景や言葉の真意を深く理解するのに最適である。無駄を削ぎ落とした本文は極めてコンパクトでありながら、語られる洞察の深さは計り知れない。
 
本書が示唆する戦いの本質や人間心理の観察、資源の効率的な運用といった智慧は、単なる軍事論の域を超えている。不確実性の高まる現代社会において、ビジネスにおける戦略立案や組織マネジメント、あるいは個人の対人関係や自己管理に至るまで、多様な領域に応用可能な普遍的思考の型を提供してくれる。勝利の条件を客観的に見極め、敗北の要因を事前に排除するための冷静な視座を与える不朽の名著であり、人生のあらゆる局面で立ち返る価値を持つ一冊である。(了)
 
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『ブンとフン』井上 ひさし (著)

本書は、井上ひさし氏のデビュー作であり、彼の卓越した言語感覚と豊かなユーモアが炸裂する。売れない小説家ブンが書いた作品から、大泥棒のフンが現実世界に飛び出してしまうという斬新な設定のもと、奇想天外な騒動が次々と巻き起こる。
 
私自身にとっても、少年時代の退屈な読書で、楽しめた少ない本の一つである。当時は大人の薦める名作文学や難解な本に辟易していたが、本作の圧倒的な面白さには一瞬で引き込まれた。本書は読みやすくユーモアのある、ドタバタ系のエンタメ小説である。テンポ良く展開するナンセンスなドタバタ劇と、ページをめくるたびに飛び出す奇天烈なアイデアの数々は、幼い読書体験において強い衝撃と純粋な読書の喜びを与えてくれた。
 
一方で、作品本編の軽快な疾走感に比べて、むしろ本の解説の方が堅苦しくて退屈であった。文学的な意義や文脈を難しく語ろうとする解説文は、本作が持つ天衣無縫で自由な魅力をかえって型にはめてしまうようにも感じられた。物語自体が放つ圧倒的なエネルギーと笑いこそが、解説の言葉を必要としない何よりの証明であったと言える。
 
日本語の音感や掛詞を縦横無尽に駆使した言葉遊びには、独特の文体とリズム感があり、忘れた頃にまた読みたくなる本である。大人になってから改めて読み返してみても、著者の言葉の妙技と、ストーリーテリングの巧みさに思わず舌を巻く。時代や年齢を超えて、開くたびに新鮮な笑いと驚きを与えてくれる本作は、日本語エンターテインメントの金字塔として、これからも多くの読者を魅了し続けるに違いない。(了)
 
(無断転載 SNS引用を禁じます)

『女の一生 』モーパッサン (著)

本書は、ギ・ド・モーパッサンによる長編小説であり、フランスのリアリズム文学の名作である。修道院を出たばかりの純粋な少女が人生の現実に直面し、苦悩と孤独のなかで生きていく姿を描いた不朽の文学作品である。
 
主人公の貴族の娘ジャンヌは、憧れを抱いて結婚生活に入るが、その一生は、夫に裏切りられ、息子にまで裏切られるものであった。容姿端麗な夫ジュリアンは結婚後に冷酷な本性を現し、メイドや近隣の女性と不貞を重ねる。また、溺愛して育てた一人息子のポールも放蕩を繰り返し、膨大な借金を重ねて母を困窮へと追い込んでいく。一見すると恵まれた境遇に見える人生の随所に絶望が潜み、愛した者たちによって幸福が崩れ去っていく様が、モーパッサン独自の冷徹な描写力によって淡々と綴られていく。
 
私自身の記憶を辿ると、大学時代、学部の主任教授が女性の学生に対して本書を読むことを勧めた。その意図はわからない。しかし、夢大き大学一年生に、女性が生きていく大変さをあらかじめ警告として知らせたのかもしれない。それだけ本書には、悲観主義と孤独感に満ちたものである。甘いロマンシズムや理想主義を容赦なく打ち砕き、人間のエゴイズムや人生の不条理さを浮き彫りにするその内容は、これから社会へ踏み出す若者にとって強力な精神的予防接種となり得る。
 
しかし、本作は単なる絶望の書にとどまらない。ラストで旧メイドのロザリが放つ「人生というものは、人が思っているほど良いものでも、悪いものでもない」という有名な一言は、悲惨な運命を受け入れた者だけが辿り着く一種の救いを示している。運命に翻弄されながらもたくましく生き抜く女性の姿を通し、人間存在と人生の本質を静かに問いかけてくる名作である。(了)
 
(無断転載 SNS引用を禁じます)